*ひとりごと*

私は最近、読書にはまっています。
読書といっても、子どもの頃読んだ童話をもう一度読みなおしているのです。
いい歳してと自分でも思うのですが、「小学校中学年から」なんて書いてある本をついつい買ってしまう。

最近、読んだ本は佐藤さとる著の「コロボックル童話集」(全5巻)です。
この本に最初に出会ったのは今から15年位前のこと。
当時、私は小学生で父の仕事の都合で転校してきたばかりで友達が少なく、よく学校の図書室で本を借りては読んでいた。
今からは想像もつかないくらい(?)引っ込み思案な、それでいて、今の私に負けず劣らず強情な性格でした。(^^ゞ
ただ単に、東京の空気になじめないでいたのです。水が変わって体調が良くない、親友と呼べる人もいない、周りは東京弁、私は関西弁だというのも関係していたのでしょう。

この本を読んで、当時の私は本当に小人がいると信じていました。
そうですね。夢見る少女だったのかもしれませんが、私は本当に小人が私の周りにいて友達にしても良い人間かどうか見定めているような気がして、そんな空想をして毎日楽しんでいたことも確かです。

また、今、読み返しても本当に小人はいるような気になってしまうほど素敵な作品だと思います。

でも、何故、童話なの?と思いますよね。
これにはワケがあるんですよ。・・・なんて大袈裟に言ってみましたが、簡単です。「ハリポタ」ブームと言うと気がつく方もいらっしゃるでしょうが、私も「ハリーポッター」の世界に引き込まれてしまった人間の一人なんです。
ハリーポッターは現在出版されている4巻まで全て読みました。それも何回も・・・。そして、毎回、泣いています(〃^▽^)

私の友人は「ハリポタのどこで泣くところがあるの?」と言いますけど、私は何度読んでも泣いてしまうんですよね。皆さんはそんなことないですか?
1巻で、ハリーがホグワーツで1年を過ごし、ホグワーツ特急に乗ってバーノンおじさんの住む町に帰る前に、ハグリッドが両親の顔を覚えていないハリーの為に、かつての級友にふくろう便を出しハリーの両親の写真を集め、それをアルバムにしてハリーに手渡すところはハグリッドの優しさが伝わり、何度読んでも涙が出ます。

初めて読んだときは、特に感じないことも、何度も読み返す中でそうじゃない部分が見えてくる。
特に、全○巻という長編物語は1巻あたりでは人物像やその周りの人間関係が頭にはっきりとイメージされる前なので1回読んだだけでは、見えないものが多い。そう気が付いた作品が「ハリーポッター」でした。
さらには、いろいろなところで、J.K.ローリングは1970年代に出版された「ナルニア国物語」(全7巻)をかなり意識して「ハリーポッター」を書いているということも知りました。だから、毎年1巻ずつ出版するのだと。

この「ナルニア国物語」は私も読んだことがあります。
これも、小学生の頃に読んだように思います。衣装だんすがナルニアへとつながっている。こんな夢のようなワクワクする話は大好きでした。
そして、小学生のとき大好きだった本は何だっかと考えたときに「コロボックル」を思い出したのです。

私は、久しぶりに「コロボックル」を読み返して、この舞台となった場所を探してみようと思いました。
子どもの頃は気が付かなかったことがいっぱいあったのです。

舞台となっている町には、港があり山もあり、その山にはトンネルがあって電車が走っている。戦後区画整理され大きな道路がある。また、比較的飛行場にも近いらしい。そして、決め手となったのは、第5巻で箱根・芦ノ湖と思われるところに小人であるコロボックルが小旅行していること。(電車を乗り継ぎ、スイッチバックの登山電車、ケーブルカー、遊覧船等に乗っていることからこう考えました。また、昨年、私自身が芦ノ湖まで旅行したこともあって、この部分のくだりは箱根の登山電車等をまざまざと思いかえさせるものでもありました。)
そして、舞台となっている町は川崎じゃないかしら?とふと思ったのです。

川崎なら、港もあり、近くには羽田空港もある。そして、箱根や芦ノ湖にも小旅行で行ける距離。
もう一つ、私に「きっと川崎だ」と思わせたのが、作者が神奈川県出身であること。
こんなことを考えていると妙に舞台の町を歩きたくなってしまったのです。
これからの季節、だんだんと暖かくなってくるので、折をみて行ってみようかなと考えています。